バンドメンバー募集します!!

ご無沙汰しております。yukkedoluceのゆっけです。
突然ですが、私ゆっけが制作を行っている、yukkedoluce楽曲を一緒に演奏していただけるバンドメンバーを募集させていただきたいと思います!

以下募集要項になります。

■概要
主にボーカロイドの楽曲制作を行い、それをモニター越しに皆様にお届けしている私ゆっけですが、その大切な僕の音楽たちを、同じ時間、同じ空間で誰かに届けることができたら、そして、自分の喉や体で直接伝えることができたらと夢想する日々が増えて参りました。
そんな中での募集となります。
バンド活動の目標や信念は現在定まってはおりませんが、やるからには真剣に、しかし肩の力は抜いて(どっちや)、まずは私と同じように、yukkedoluceの楽曲を愛し、演奏してみたいと思う気持ちでお付き合いいただけたらと思っています。

■募集パート
ギター:1人
ベース:1人
※当方ギター&ボーカル、ドラムメンバー調整済

■募集期間
現在未定(今の所はとりあえず11月までを予定)

■応募資格
☆yukkedoluceの楽曲が好き&演奏してみたい方
・今も担当楽器が好きで演奏されている方(アレンジ等もご自身で行えたりしたらGOOD!!)
・定期的なスタジオ練習に参加できる方(場所東京都内予定、頻度月2くらい?現在未定)

■応募方法
以下の情報フォームにご記入いただき、yukkedoluce@gmail.comにメールをお願い致します。
・お名前(PNでもOK)
・年齢(差し支えなければ)
・性別
・お住みの地域(大体の場所でOK)
・応募パート
・楽器歴
・ご自身の技術がわかる動画や音源がございましたらURL、メール添付にてお送りください。(現在無ければ、簡単にスマフォの動画撮影でもいいので有ると嬉しいです)

■最後に
私のような者が偉そうなことをつらつらと、畏れ入るばかりです。
私自身、演奏者としての技術は半人前にも及ばぬ半半人前の分際ではございますが、私と一緒に切磋琢磨し、そして何より、音楽ですから楽しく演奏できる仲間をお待ちしております。
少しでも興味のある方がおられましたら、ぜひご連絡くださいませ!
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.08 2017 お知らせ comment0 trackback0

小説のこと

『泡沫少女とイデアの少年』発売からもうすぐ一ヶ月が経とうとしています。

今やボーカロイド楽曲をつくっていた人間としては化石のような僕ですが、それでも、僕のことを音楽をつくる人間だと思われている方が多いことも知っているので、ツイッターでギャアギャアと騒ぐように小説の話もしにくいわけです。

というわけで、更新頻度も低く、アクティブビューワーが3人くらいであろうこの相当マニアックなブログにて、備忘録ならぬただの独り言のようにひとつ、残しておきたいと思います。

さて、何を独りごちたいのかというとですね、果たしてこの小説が、皆様に楽しんでいただけたかどうか、そればかりが僕にはとっても気がかりなのです。

僕は文字を読むのが遅く、一冊の小説を読み切るのに一ヶ月近くかかってしまうことは少なくありません。そして、文字を自分の力で読み解き、景色を想像し、感情を重ねるというのは、とてつもない労力が必要になります。

ただの持論ですが、小説は、コンテンツと読者の立場が同じ高さにあると思っ
ています。

コンテンツは読者に面白さを提供する代わりに、読者はコンテンツに労力と時間を提供する。
どちらがどちらを支配できる関係ではありません。
そのコンテンツは、読者から必要な労力と時間を提供されなければ、面白さを提供することをやめます。
逆に、読者はそのコンテンツから必要な面白さが提供されなければ、労力と時間を提供することをやめるわけです。
お互いがピストルを向け合っているとも言えますし、お互いが共生しているとも言えます。

何分大袈裟なようですが、意識を向けなくとも多少を享受することのできる映像や音楽と比べてみると、あながち言い過ぎではない気がしてくるかと思います。

それで僕は何を言いたいのかというと、小説を読むことは大変なわけです。
面白くなければ読みたくないし、読みたくなくなったら読まないわけです。

コンテンツの面白さを評価する上で、いろいろな尺度があるとは思いますが、殊、小説に関しては、それを最後まで読んでしまえたかどうかというのはひとつの面白さの純粋な指標であると僕は考えています。

小説『泡沫少女とイデアの少年』が発売されてからもうすぐ一ヶ月が経とうとしています。

果たして皆様がこの小説を最後まで楽しんで読んでいただけたのだろうか。
はたまた今も楽しんで読んでいただけているのだろうか。
それだけはやはり気になるものです。

皆様の貴重なお時間と労力、そして貴重なお金までいただいているものです。
そこまでこの小説に提供してくれているというのであれば、この小説が平凡であろうと駄作であろうと、楽しませなくては小説というコンテンツの意義が破綻してしまいます。

どうか皆々様が、『泡沫少女とイデアの少年』の世界を最後まで楽しんでいただけるような物語でありますように。と願って止まないこの頃です。
そして、いつまでも楽しんでいただけるような物語でありますように。




.18 2016 雑記 comment0 trackback0

小説『泡沫少女とイデアの少年』発売決定! 予約受付中!!

こんにちは、yukkedoluceのゆっけです。ここではお久しぶりになりますね。

突然ですが、なんと、僕の作った「林檎売りの泡沫少女」を原作に、小説『泡沫少女とイデアの少年』という作品を自身で執筆させていただくこととなりました!
イラストは「林檎売りの泡沫少女」のMVでお馴染みのなじょさん!
表紙はもちろん、見開き、キャラデザ、挿絵も担当していただきました。

永遠世界の物語「林檎売りの泡沫少女」だけではなく、
その対となる有限世界の物語「イデアの少年」という新たな物語を描きました。
交わるはずのない、全く別の世界でのふたつのお話は、やがてひとつに——
それぞれ13章、全26章にも渡る大ボリュームでお届けいたします!


cover のコピーstory.png


発売は8/26を予定しており、現在アマゾンにて予約受付中となっております。
興味がございましたらぜひ、ご予約をお願い申し上げます!!↓
https://www.amazon.co.jp/dp/4569827772/
.21 2016 お知らせ comment0 trackback0

Good Morning

 流れていた。川も風も、草木も動物たちも、空も大地も、流れていた。

 少女はこの流れが好きだった。少女もまた、いや、少女だけが、流れていた。



 太陽が森の向こう側へと沈んで久しく、陽の光を失った空は、代わりに星たちを散蒔くことで夜を照らしていた。

 星明かりは、陽の光に比べると遥かに弱く、その光によって確認できるのは、夜の空も雲がゆっくりと漂っているということと、遠くに薄明かりの灯った街があること、そしてそのまた遠く、空と大地の境目に、黒々とした森があることくらいだ。

 辺りは静まりかえり、聞こえてくるのは、草原を撫でる風の音と、闇夜に溶け込むような虫の音。

 注意して耳を傾けなければ、気にも止めることができない、自然の音だけで満たされていた。静寂と言って何ら差し支えなかった。

 ふたりは、蒼が香る広大な草原にぽつりと座り、彼方に揺れる街の仄明かりをぼんやりと眺めていた。

「僕たちだけだったんだ」

 少年が静寂にひとつ声を零した。

「なにが?」

 暗闇のあるところから、少女の声が聞いた。

 互いの表情は伺う事ができない程暗いが、声のする場所から、ふたりが寄り添うようにして座っていることくらいは分かる。

 少年の声が応えた。

「僕たちだけだったんだよ。止まっていたのは。川も風も、草木も動物たちも、流れているんだ。この空や大地だってそう」

 薄明るくなってきた方の空を見つめながら、

「どうして気が付かなかったんだろう。こんなにも近くに答えがあったのに」

 しばらくの静寂。そして少女も白む空を見つめ、微笑みながら、

「そういうものなんじゃあないかなあ」

「え?」

 少し間の抜けた声の主が少女の方に目を向ける。

 少女も彼をちらりと見て、また空の方へ視線を戻す。

「答えに気付いてから、近くにそれがあったことに気付くものなんじゃあないかなあって」

「うん。それも、そうだね」

 少年は目を閉じ、一度だけ軽く頷きながら嬉しそうに返事をした。



 もうすぐ夜が明ける。



.06 2014 雑記 comment3 trackback0

林檎売りの物語

おかげさまでJOYSOUNDより「林檎売りの泡沫少女」がカラオケ配信が開始されました!
こんなに早く配信が開始されるなんてびっくりです。
これも多くの方が聴いて楽しんでくださったおかげです。
本当にありがとうございます。
よかったらぜひぜひ歌ってやって下さいなっ~( ´・▿・`* )~

このブログも最近ではだんだん空気と化してきていたので、おまけに少しお話します。


          ~林檎売りの話~

 そもそも生命はなんのために生きているのか。僕にはそん
なことは知ったことではないけれど、ひとつ分かるのは、究
極的には誰しもが「生きるために生きている」ということ。
生きるために狩りをするし、漁をするし、採集をした。もっ
と豊かに生きたいと願う人の努力や諦めの悪さは農耕を生み
文化を生み、今ではお金で世の中が回っている。お金でさえ
何のためにあるのかと考えると究極的には生きるため。生き
るために行動をする。行動するために生きているという人も
「生きるためには」というワンフレーズから、生きている限
り絶対に放たれやしない。生きている時間を生きるために使
うからこそ生命は生きている。

 永遠に存在することのできる街の人は、生きることの行動
理念を失っている。生きるために行動する必要は何も無くな
り、究極的な生命としての目的を失っている。そこには何の
流れもない砂漠のような世界。何も生み出さなければ何も動
かさない。そこにひとつだけ雨粒を落とすとどうなるのか。
蒸発した水滴が気流を生み風を起こし砂粒を吹き飛ばし雨を
降らせ海ができ生命が宿るかも知れない。とんでもなく突飛
な例えだけれど、きっと確率は0ではないだろう。それが例え
天文学的な確率だとしてもこうして宇宙はできて生命が誕生
する星ができたのだから。

「私にもっとおいしいお菓子が作れたなら、きっとみんなも
    この赤い実を食べてくれるはずなんだ!」

 限られた時間を生きる少女だけが「諦めない」ということ
を知っていた。少女はその赤い実が呪いの実とも知らず、た
だそのおいしい赤い実をみんなに食べて知ってほしいという
ひたすらな純粋さで日夜おいしいお菓子を作ることに励んだ。
しかし街の人達は当然永遠を捨てることなんてしたくはない。
赤い実を食べるなんて馬鹿なことをするわけがない。まぁ永
遠の存在に、永遠と決別することへの「恐怖」が残っている
とは到底思えないのだけれど、少女の赤い実は何をしたって、
どんなにおいしく作れたって売れるはずがないんだ。そんな
こともつゆ知らず、少女は何度も何度も諦めずにお菓子をつ
くった。

「私にもっとおいしいお菓子が作れたなら、きっとみんなも
    この赤い実を食べてくれるはずなんだ!」と

 だけれどいつか、ひとりの永遠の存在が少女に心を動かさ
れる。来る日も来る日も諦めずにお菓子を売る健気な少女に
心を動かされたその少年は、永遠を捨て、少女と共に生きる
ことを決心した。それはとてつもない決意であったと思う。
「死」を知る僕らの憧れの「永遠」を捨て、本来何も生み出
すことも動かすこともできない存在が、生きている存在に動
かされる奇跡の瞬間。いやそれは決して奇跡なんかではなく
て、紛れもなく限られた時間を生きる生命の行動がもたらす
ものなのだと思う。少女が限りある時を「生きていた」から
こそなんだ。

「行動はいつも幸せをもたらすものではないが、
              行動なくして幸せはない。」
       ベンジャミン・ディズレーリ

きっとこの世界ではふたりだけが幸せだったのだろうな。

 永遠の存在にとっては赤い実は死の実であり毒林檎だ。
街の人から見れば少女は狂気の存在だったかもしれない。
普通に考えてみればそんなもの買うやつなんて現れるわけ
がない。どちらが本当に呪われているかなんて見方の違い
だろう。

  ただ、生命として幸せだったのはふたりだろうな。

 きっとここで起きているのはこの世界の中だけではないと
僕は思うのです。永遠が「ない」のではなくて、限られた時
間が「ある」僕らだからこそできることとは何だろう。



 今までいろいろな解釈があって十分楽しめたのでひとつ僕
の話をしました。先に書いたのは飽くまで僕が見たこの物語。
みなさんはこの林檎売りにどんな物語を見ましたか?
.23 2013 お知らせ comment1 trackback0
  

プロフィール

ゆっけ

Author:ゆっけ




yukkedoluceとしてボカロを中心に楽曲制作してます。
拙い音ですが好きになってくれたらうれしいです。
HPにて楽曲配信中

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